最近、マインドフルネスについてのリサーチを進める中で、メンタル・ヘルスに関係する様々な症例を目にする機会があります。そうして思うのは、十年前の日常生活もままならない精神的にも肉体的にもきつかった時期というのは、当時医師にかかっていたのなら、多分「不安神経症」や「パニック障害(PD)」という診断名をもらっていたのかなということ。
当時どうして医者に診てもらわなかったの? と聞かれることがあるのですが、ひとつには妊娠していて薬を呑みたくなかったこと(妊婦に安全な薬とされるものを渡されたでしょうが)。もうひとつには、当時保険がなく、膨大な医療費を払う経済的余裕がなかったことがあります。
保険がなくても福祉施設にお世話になるという選択もあったのですが、そうした施設は見習い医師(レジデンシー)が担当している場合が多いんですね。妊娠中の検診もぎょっとするような質問や意見に出会うことが何度かあったのですが、それでも出産は三人目。少しは勝手が分かっていたことから、「これから頑張って下さいね」とまだ微笑ましく思えたものの、それが私自身全く経験のないメンタル・ヘルス方面の問題となると、とても頼る気持ちになれませんでした。
ということで、自分で何とかしようと、食事療法やヨガや鍼灸やと試していたわけです。
幸い大きな発作は半年ほどで改善し、それ以来これまで十年程、自分なりに「内観」など用い、ちょこちょこと起こる小さな発作への対処&普段のメインテナンスを心がけてきました。そして今年になって「マインドフルネス」を知るにつれ、よりどうしたらいいかがはっきりしてきた、そう感じています。
「パニック障害」から回復していく以下のクレアさんやダン・ハリス氏の様子、私なりにとても理解できます。共に、発作の最中でも「ここに戻ればいいという感覚」を見出していったということなのだと思います。それを観念ではなく、個々の身体感覚として身につけていった。そしてその「個々の身体感覚」を司るのは、医師でもインストラクターでもなく、その人自身。そうして「戻る場」へと行き来する感覚を日々トレーニングすることで、そこへ至る脳内の回路もより確かなものとなり、日々よりバランスがとれるようになっていったのだと。
以下、クレアさんとダンハリス氏の辿った様子を具体的に見ていきます。
クレアさん(“Full Catastoroph Living” by Jon Kabat-zinnより):
とても守られた環境に育ち、父親の病床で結婚すると約束し、実際父親が亡くなった同じ週に結婚した後から、パニックアタックの症状を示し始めたクレアさん。突然分けの分からない不安感に襲われ、このまま自分は発狂してしまうんじゃないかという恐怖感にさいなまれ、それは年月を経るにつれ悪化していきました。気絶してしまったことさえあることから、人ごみに出るのも、運転するのも不安でできなくなっていきました。
神経科で鎮静剤を処方され、精神科で抗鬱剤を出され、精神科医に会う度に話し合いとなるのは、クレアさん自身がどう感じどう思うかよりも、薬の量をどうするかだけだったと。薬が効かないと言えば量を増やされ、薬のおかげで日々暮らしていけるのだと扱われ、どれほど長く薬を呑み続ける必要があるのかといった話もなく。薬だけが解決策といった姿勢の精神科の医師や看護師に、クレアさんは徐々に疑問を持つようになります。
そんな中、クレアさんは二人目の子を妊娠します。そして周りの反対を押し切り、薬を拒否します。そして神経科医にMBRS(マインドフルネス・ストレス低減プログラム)を紹介されます。
プログラムを通し、発作の際はどう対処したらよいかが分かるようになっていったとクレアさんは言います。生まれた赤子は十八週目に手術を受けなければならなくなったのですが、病院につきっきりで寝泊りする間、呼吸に集中し、落ち着いて、視界を曇らせず、「もし~だったらどうしよう(what if)」とマインドに「やりたい放題」させることなく、チャレンジングな状況を乗り切ることができました。そしてその後も、薬を呑む必要がなくなったと。
(医師も看護師も様々で、上のクレアさんの担当医はこういう方でしたが、確かに薬は「パニック障害」の治療に効果があるとされ、医師も投薬と共に患者の意向を大切にして根本的治療に取り組むケースも多くあるといいます。私自身も状況が整っていれば、医師の診断を仰いでいただろうと思っています。)
MBRSがこうした患者に対し目指すのは、「今ある不安感の内もしくは下に、落ち着きや平静状態を発達させていくこと」という言い方がされることがあります。それは波荒立つ海の様子にも似ています。海面にうねる波、それでもその下に深く潜るのならば、常に静けさが広がっています。荒れ狂う波に向き合いながらも、同時に、その下に横たわる静けさを感じられること。そうすることで、いつしか荒波も、力を失っていきます。マインドフルネスは、表面を泳ぎつつ、同時に、深海の静けさにある感覚を発達させていくとも言えるかもしれません。
ダン・ハリス氏:
キャスターとして約五百万人の視聴者を前にニュースを読みながら、突然不安感に襲われしどろもどになったハリス氏、医師に「ドラッグを用いていたことが原因のパニック障害」と診断されます。28歳でABCニュースで働き始め、子供時代からテレビで見ていた大物有名人に囲まれての仕事、日々のプレッシャーからワークホリックとなり、911の後は中東に特派員として長期滞在、その後鬱になりドラッグに手を出し始めたと。
生放送中の発作の後、彼のことを思った上司に様々な宗教家の取材を言い渡され、両親科学者の家庭に育ち根っからの宗教嫌いだったため断ったものの、結局嫌々出かけることになります。
そうして少しずつ「ちっぽけな自分」というものを、より大きな視点からとらえられるようになっていったと言います。
様々なスピリッチュアリティーや自己啓発系の「グル」も取材し、その方面で絶大な人気を誇るエックハルト・トール氏の「人は頭の中の自身のおしゃべりを聞き続けている」という言葉が心に残ります。それでもそれらの多くの「グル」やトール氏本人に会って思ったのは、「半分とても興味深く半分とても混乱している(confusing)」だったと。
そんな中友人の一人から「瞑想」を薦められます。調べてみると、その効用についてかなりの科学的根拠が揃い始めていると分かります。そして心に残っていた「人は頭の中の自身のおしゃべりを聞き続けている」というのは、実は仏教で何千年も言われ続けていることであって、「瞑想」というものが、それら「頭の中の声」に向き合うための現実的なスキルなのだと知ります。そこで実践を通し、「仏教のスピリッチュアルな側面は全て受け入れられないとしても、瞑想のメカニズムは確かに役に立つ」と思い至ります。
今もABCやGood Morning Americaなどでジャーナリストとしての活躍を続け、エイミー賞など数々の賞も手にしてきたハリス氏は、今年の三月に「10% Happier: How I Tamed the Voice in My Head, Reduced Stress Without Losing My Edge, and Found Self-Help That Actually Works(10パーセントだけハッピー:いかに自身の頭の中の声を大人しくし、鋭さを失わずストレスを緩和させ、実際に有効な自身を助ける方法を見出したか)」を出版しました。「瞑想」がよりハッピーになるために有効だと説くハリス氏、この本のタイトルにある「十パーセントだけハッピー」というのは、二つの意味を含んでいると言います:
1.とてつもない幸せがすぐに手に入るとか、人生が一気にハッピーになるとか、そういった文句を掲げがちな現代の風潮へ対するものとして。
2.外から与えられる物質や出来事へ、もっともっとと依り過ぎるのではなく、内面的な喜びとのバランスへとフォーカスをそろそろシフトしていく時代じゃないかという提案。
ダン・ハリス氏の、「瞑想とは、外へと向かう限りない欲深さと、内の豊かさへと向かう姿勢とのバランスを整えるためのもの」、という言葉にとても共感します。外へ向かいっぱなしでもなく、「内のパラダイス」に閉じこもるでもなく、それらのバランスを整えるためのもの。
将来的に「瞑想」には今のような「少し怪しい」イメージはなくなり、もっと科学的であっけらかんとしたものとして、シャワーを浴び歯を磨くといったルーティーンの一つに加えられるだろうとも。私自身その効果を日々ひしひしと実感しつつ、より「普通に有効」なものとして必要な人々&子供達の手に届くような情報発信&活動をしていけたら、そんなことを思っています。
頭の中のおしゃべりからフォーカスをシフトし、
常に広がる海の深みへとダイブ。
そこは、今この瞬間にも、静かな喜びに満ちています。
こうして今日もスクリーンに向かえること、感謝を込めて。
皆様、良い日を!