「父親のあり方」の多様さ
男の人って、生物学的にも「種の保存」という目的から、家庭を守り育児に専念というよりは、あちらこちらに種を散らし、自身のテリトリーや覇権を広めることにより関心を持つものなんだよね、そんな言葉を聞くことがあります。
といって、生物学的にも進化論的にも、そうとも一くくりにはできないようです。
動物のオスとメスを観察することで見出されるのは、驚くほど多様な「父親のあり方」です。
・鳥の90パーセントが一夫一妻。これらの種の雛は、父親がいなくなると、死んでしまうか育ったとしても大きくならない。
・最近の研究ではフルーツコウモリのオスは、母乳を与えるとも。
・霊長目の肉食種の四十パーセントが、父親が子育てに関わる。
・狼や狐や野生の犬は、食事を確保し子供と遊んだりと、母親と同じように子育てに深く関わる。
・では、ヒトに最も近い類人猿は? となると、確かにチンパンジーやボノボのオスなど、テリトリーやコミュニティーでの権威を強めることへの関心が強く、育児にはノータッチといった種も多くなるようです。
それでも、人類初期の生活様式「狩猟採集」民を調べると、家族皆の食料を確保し、子供を抱っこし世話をしたりと、その後の農耕生活様式に比べ、父親が育児に関わる割合がより大きいとされています。そして人類が誕生してからこれまでを見ると、九十九パーセントが狩猟採集の時代、その後の一パーセントが農耕や工業や現代の生活様式なのです。
つまり、父親のあり方というのは、生物学的にも多様であり、人類の歴史を振り返っても、その誕生から現代までのほとんどの期間、父親が育児に関わるというのが、自然な形だったとも言えます。
子育てに関わる父親の増加
昨今では、日本でも「イクメン」といった言葉が生まれるなど、より育児に関わる父親も増えています。
こちら米国でも、ここ五十年程で大きな変化が見られます。父親が子供と過ごす平均時間は、1965年では一週間に2.6時間だったのに対し、2000年には6.5時間に。専業主夫(stay-at-home father)も十年前に比べると三倍に増え、「シングルファーザー」というのが、最も増えつつある家族のあり方です。またある心理学者は、七十年代に研究を始めた頃には、子育てを気にかける父親というものは珍しく、「オムツなど替えたことがない」という男性がほとんどだったのに対し、今では「オムツを替えたことがない」というのは恥ずかしいという認識が、父親の間にあると言います。
一昔前は、子育てというと、賞賛されるにしても批判されるにしても、母親がまずは矢面に立ちがちでした。それでも今は、そんな母親への比重も以前よりは夫婦の間に分担されつつあると言えるかもしれません。
父親の重要性
そうした状況の中、ここ30年程の間に、子育てでの父親の重要性が、ますます明らかになっています。
・父親からの拒絶感が子供の問題行動に関係する
人類学や心理学を専門とするRonald Rohner氏は、何十年もの間世界中の家族を調べた結果、子供の非行、欝、ドラッグへの依存などの心理的行動面での問題は、母親からよりも父親からの「拒絶感」によるところが大きいとします。父親に愛されたかどうかということが、母親よりもその子の青年期の健やかさを予想できる指針になると。
・子供の「やり抜く力」の鍵は父親の育児スタイルに
また家族心理学を専門とするLaura M. Padilla-Walker氏とその同僚の研究では、子供の「継続する力「や「持久力」(”stick-with-it-ness”やpersistent) には、父親の育児スタイルが大きく関わるとします。父親がより「民主(authoritative)スタイル」(温もりと愛情に溢れ、ルールを守らせつつどうしてそれらのルールが存在するかなど理由を説明し、年齢相応の主体性を奨励する。「四つの子育てスタイル」参照)の場合は、子供が様々な面で健やかに育ち、非行や問題行動を起こす確率も低くなり、学校への取り組みもより熱心になると。
・父親との関係がティーンの女の子の性的問題に繋がる
五歳から七歳くらいまでの間に、父親とたくさんの時を過ごし温もりある関係を築いたティーンの女の子は、早い思春期や第二次性徴期(puberty)、性的行為、十代での妊娠などの問題を起こしにくい。
この説明としては、父親の放つフェロモンが関係しているともされます。親族関係にないオスのフェロモンは第二次性徴を早め、父親のフェロモンは第二次性徴を遅らせるということが様々な哺乳類の研究から分かっているそうです。
父親の身体的変化
こうした「父親の重要性」が次々と示される中、ここ数年間で、子育てに関わることで父親のホルモンや脳の仕組みに大きな変化が見られることが分かっています。母親は九ヶ月胎児を自らの内に育て、出産という強烈な体験を経、生後すぐに授乳を始めるなど、心身ともに赤ちゃんとの太い繋がりを築くわけですが、父親も母親と同じように身体的変化を経ることが明らかになったのです。
ホルモンの変化
父親は赤ちゃんをあやしたり、子供達と遊んだりとすることで:
・オキシトシン(oxytocin)というホルモンが増加するそうです。このオキシトシンとは、「愛のホルモン」とも呼ばれ、絆の感覚を強めるとされます。
・母乳の分泌を促すプロラクチン( prolactin)というホルモンの増加も見られるそうです。このプロラクチンは、様々な哺乳類や鳥に「子育て行為」を起こさせるもので、上昇するほど、より子育てに関わるようになります。
・男性ホルモンの一種で攻撃性を促すテストステロンの減少も見られるそうです。このテストステロンは、低いほどが免疫力が高まるともされています。赤ちゃんと共に過ごすことは、男性の長生きに繋がる可能性があるとする研究者もいるようです。
これらのホルモン変化は、赤ちゃんや子供と共に過ごし、子育てに関われば関わるほど促進されるそうです。
脳の変化
ネズミを用いた研究により、生後すぐから数週間を新生児と父親が共に過ごすことで、両者の脳に変化が起きることも分かっています。嗅覚を司る部位(嗅球:olfactory bulb)と、記憶を司る部位(海馬:hipopocampus)に新しい細胞のセットが育ち、子ネズミの匂いを長い間覚えていることを可能にするのです。通常の父ネズミでは、数週間すれば子ネズミの匂いを忘れてしまいますが、生まれてすぐ共に過ごした父子ネズミは、より長く記憶しているそうです。
それでももし、新生児の傍に父ネズミが身体的にいない場合、例えば匂いだけの場合などは、これらの脳の変化は見られなかったとのこと。そしてプロラクチン(上記のホルモンの一種)を、遺伝子レベルで取り除いたネズミでは、例え父ネズミが身体的に傍にいたとしても、脳の変化が起こらなかったということです。この脳の変化にはプロラクチンが大きく関わっているんですね。
生まれてすぐ赤ちゃんの世話をし、大きくなれば一緒に遊びといったヒトにも似た性質を持つデグーネズミの実験では、生後すぐに父親ネズミを巣から引き離したところ、子ネズミの脳が正常に発達しなかったとされます。眼窩前頭皮質(Orbitofrontal cortex)と体性知覚皮質(somatosensory cortex)に、より少ないシナプスが見られたのです。この眼窩前頭皮質は、決断や感情を司る前頭全野皮質の一部であり、これが、父親不在による子供の問題行動の原因ともなっているのではないかと説明されています。
生後すぐから、赤ちゃんの世話にできるだけ関わり、共に遊び共に過ごしとすることで、ホルモンや脳の変化を経、ヒトは「子煩悩な父親」へとなっていくのですね。子育てに関われば関わるほど、身体的にも作り変えられていく。
我が家は、子育てに無関心な「猿タイプ」な父親というよりは、時に私よりもかなり熱い子煩悩な「狼タイプ」のように感じますが、それも五人を育てるうちに、そうなっていったのかもしれないな、そんなことを思ったり。子供に接しない状況を作り出すというのが、どうしてもあり得ない日々ですから。(笑)
父親の重要性、夫とも話し合っていきたいです!
↓
‘How Dads Develop: When men morph into fathers, they experience a neural revival that benefit
their children’
By Brian Mossop Scientific American
http://www.scientificamerican.com/article/how-dads-develop/
この記事、一月ほど前は購入しなくても読めたのですが、昨日の時点では、途中から購入しないと読めないようになってました。
‘The evolution of fatherhood’ by Gwen Dewar Ph.D.
http://www.parentingscience.com/evolution-of-fatherhood.html
‘How Dads Influence Teens’ Happiness: The influence of fathers on their teenage children has long been overlooked. Now researchers are finding surprising ways in which dads make a difference’
May 1, 2014 |By Paul Raeburn Scientific American
http://www.scientificamerican.com/article/how-dads-influence-teens-happiness/?print=true
‘The Science of Fatherhood: Why Dads Matter’
By Stephanie Pappas, LiveScience Senior Writer LiveScience June 15, 2012
http://www.livescience.com/20997-science-fatherhood-fathers-day.html
‘Fatherhood Lowers Testosterone, Keeps Dads at Home: A new study finds that levels of testosterone, the “macho” sex hormone, drop in new fathers’
By Jennifer Welsh and LiveScience Scientific American Sep 12, 2011
http://www.scientificamerican.com/article/fatherhood-lowers-testosterone-keeps-dads-at-home/
写真 by Andrés Nieto Porras from Palma de Mallorca, España Wikimedia Commonsより