バイリンガル教育

バイリンガル教育

・習得を目指す言語に触れる機会をどれだけ持てるかが鍵

800px-Languages_world_map.svg

Wikimedia Commonより

よしっ、バイリンガルに育てるぞ、いやいや夫の母語はスペイン語だから、トライリンガルに! 長男が赤ちゃんのときには、当たり前のようにそう思っていました。ところが蓋を開けてみると、そうそう思うようにはいきません。

 

バイリンガル教育が成功するかどうかは、それらの言語に接する機会を、いかに多く持てるかにかかっています。英語社会で暮らす家の場合は、日本語に接する機会をいかに整えられるかということ。

 

いくつもの言語を操る人々の例として、スイスなどのヨーロッパやインドなどのアジアの国々の話を聞くことがあります。「だから人間というのは、いくらだって多言語を操ることが可能なのだ」と。それでもそれらの例は、周りに多言語が溢れている環境だからこそ、可能なのです。日常的に親戚やメディアを通じて多言語に触れる生活をしているからこそ、バイリンガル、トライリンガルになり得るのです。

 

大脳の上側後部にウェルニッケル野というのがあり、ここで言語中枢神経が開発され、その中枢は異なる言語によって区分けされていると言います。そしてその区分けが開発されるには、つまり特定の言語を操ることができるようになるには、通常その言語を母国語とする人々が話すスピードで、何千時間も聞きこむ必要があるといいます。その中枢の情報蓄積を元に、聞く、話す、読む、書くという順番で発達していくのです。日本語に接する機会の少ない我が家の子供達が、聞くことはできてもなかなか思うように話せないというのも、納得がいきます。

 

 

・家庭内では日本語のみというメソッドの難しさ

両親が日本語を話す場合は、家庭の中で日本語のみという環境を整えるのは、難しいことではないかもしれません。それでも片親が日本人で、配偶者が日本語を解さないような家庭でも、子供さんが流暢に日本語を操れる場合もあります。そういった家庭では、家族一丸となって日本語に触れる機会を増やされています。ケーブルやDVDなど日本のメディアに日常的に触れさせ、食べ物や衣服、身の周りの物など日本の製品に囲まれ、日本語での読み聞かせを欠かさず、日本コミュニティーで活発に活動され、日本に定期的に帰られる。英語が強くなってきたとしても、帰国して一ヶ月もすれば再び日本語がぽんぽんと出るようになるという話もよく聞きます。

 

我が家といえば、日本語の本の読み聞かせは続けているものの、こちらのメディアでさえ映画やドキュメンタリーを時々見る程度。私と子供とのみ接する場合は日本語ですが、夫を含めた家族の会話はもっぱら英語。日本語を話す友人達と時々集まり、日本コミュニティー主催の行事などにも年に一・二度参加するものの、日本帰国は諸事情により十年以上難しい状態。圧倒的に日本語に触れる機会が少ないです。

 

日本語に触れる機会が少ないとしても、とにかく「日本語を話す片親とは日本語のみで」というメソッドをよく聞きます。それでも、家のように私以外には日本語に接する機会がほとんどない状況では、このメソッドもかなり無理があると学びました。

 

子どもたちがその日体験し読み聞きし学んだことは、全て英語で入っています。周りの情報をスポンジのように吸収する子供達の英語力に比べ、片親との日常会話だけに拠る日本語力では、語彙も言い回しの量も発達の速度も、圧倒的に違います。その言語に触れる機会に恵まれない環境で、その言語のみを用いることを強いるのは、複雑な思考を赤ちゃん言葉のみで話すようにと促すようなものかもしれない、そう感じ始めました。そしてこの傾向は、子供が成長するにつれ大きくなっていきます。

 

例えば、「今日学校でヘラジカの目を解剖したの」、「今、社会科でベルリンの壁について調べてる」、そう話し始める子供達と、眼球の部位や構造や機能、ベルリンの壁が作られ壊されるまでの過程、そういった話へと広げていくには、日常会話程度がやっとの日本語では不可能です。「片親とは日本語のみで」メソッドを用いるには、日本語での豊かな情報に、普段から触れているという前提が必要なのです。

 

「バイリンガル教育を!」と張り切っていた私も、この現実を前に、方向転換することになりました。「こんなことが書いてあった!こんなことを知った!」と興奮して話す子どもたちを前に、「それらの知識をより調べ深めること」を、「それらを日本語で表す練習」より優先させるようになったのです。英語でさえ習いたての「dissect」をまずは「解剖」に言い換えさせ、眼球の部位の名称や働きなどを日本語で調べ直すよりも、他の動物や人間の眼球との違いを調べてみる、他の身体の部位の構造まで広げてみる、また「communism」という覚えたての言葉を「共産主義」と日本語に置き換え、その日習ったことを日本語でもう一度なぞるよりも、ベルリンの壁がドイツの社会そして人々にどう影響を与えたのか、壁が無くなってから世界はどう変わっていたのか、そう英語での知識を広げていくことに、時間とエネルギーを費やすようになっていきました。

 

確かに、英語の知識を深めると共に、それらを日本語でもう一度なぞってみる、そうできたら理想です。それでも、一日二十四時間という限られた時間の中で、家事や雑用と切り盛りしつつ、五人の子供達がそれぞれものすごいスピードで日々吸収する情報に、一つ一つ丁寧に二言語分の学習をしていくというのは、現実的にとても難しいことだと分かりました。

 

 

・環境を整えることが難しい場合は「第二外国語」として

 両言語とも母語並みにという「バイリンガル」を目指すことは、我が家の状況からは難しいと判断したのですが、今は英語を母語としつつ、大きくなってから日本語やスペイン語を少しでも使えるようになる土台を築いていけたらと思っています。

 

その言語にできるだけ触れられる環境を整えられることが理想なのですが、もし家のように時間的にも経済的にも難しい場合は、「バイリンガル」に拘るよりも、まずは一つの言語で複雑な思考が可能となるほどの言語力を身につけてから、その上に第二外国語として他言語を乗せていくというのも、一つの手だろうと思っています。

 

小さな頃からその言語を聞いて育ち、例え子供時代からバイリンガル並みに使いこなせなかったとしても、また例え小さな頃から全くその言語に触れることがなかったとしても、高校や大学で授業をとったりその言語が話されている地で過ごすなどで、その言語を使えるようになる可能性は十分あります。

 

こちらの大学で日本語を教えたことがありますが、日本語が一言も分からない状態から始めたとしても、二年もすれば、確かに個人差はありますが、かなり使いこなせるようになるのだと感心したものです。また「早期教育」の例でもあげたように、本人のモーティベーションとその言語の話されている地で過ごすといった環境次第で、成人してからでもバイリンガルになり得るという研究結果もあります。

 

 

 

・子供によって対応を変える

できるだけ日本語に触れる環境を整え、学校での英語の学習も順調に行き、バイリンガルに育てることができたという成功例を聞くことも多くありますが、両言語ともどっちつかずの中途半端なダブルリミテッドになってしまうとうケースを聞くこともあります。日本語も日本に住んでいる子供達のように母語並みにとはいかないけれど、そうかといって英語もなかなか身につかない、こちらで生まれ暮らしながらも高学年になっても英語補助クラスに通っている。確かに同じような環境にあっても、言語をうまく操れる子となかなかそうはできない子がいるなと、我が家の子達を見ていても思います。

 

そういった場合は一度、一つの言語に絞りとことんまでその言語をマスターしてから、他の言語に取り組んだ方がいいと、長年米国の大学で日本語を教えられていた先輩に教えていただいたことがあります。その方は、配偶者共に日本人なのですが、娘さんが小学校中学年から一切家の中でも日本語を用いるのを止め、大学に入ってから日本に留学することで、英語も日本語もバイリンガルとして使えるようになったとおっしゃっていました。

 

また言語学の分野でも、他言語は生まれたときから日常会話程度に聞かせるようにし、学習言語は一つの言葉に絞り、小学校高学年くらいから他言語にも力を入れていくという方法だと、ダブルリミテッドになることなく後々に両言語とも操ることができるようになるという説もあります。

 

いくつかの言語を器用に操れるようならどんどん他言語教育を進め、学校の勉強にもつまずき差し触りがあるようならば対応を変えるなど、その子の様子をよく見ていきたいです。

 

 

・日本でのバイリンガル教育

昨今日本でも、幼少期から英語を身につけさせようとする「バイリンガル教育」が盛んです。日本語に囲まれた社会での、家庭や塾などの取り組みのみで、両言語とも母国語並みに聞き話し読み書きといった真のバイリンガルを育てるのはかなり難しいことだと思います。

 

National Clearinghouse for bilingual Education の“If your child learns in two languages”によると、異なる言語を聞きながら育った学齢期の子供が、英語の日常会話を習得するには一・二年、学習言語習得に関しては五年から七年ほどかかると言います。これは異なる言語を家庭で用いつつ、英語社会で週に五日間終日学校で過ごし英語での学習に費やしたとしても、英語の習得にこれほど時間がかかるということです。

 

他言語教育は、まずは母語である日本語をしっかりさせてからが良いという声も聞かれますが、確かに子供達の周りを取り囲む情報のほとんどが日本語であるにも関わらず、親とは英語のみでやり取りしなさいということでは、私自身の体験から言っても、かなり無理があります。

 

それでも家庭でCDを聞いたり、英語教室に通ったりと英語に触れる機会を増やし、いくつかの単語や言い回しを使いこなせるようにといった程度の英語教育ならば、子供によっての違いもあるでしょうが、ほとんどの場合楽しみながら無理なく進めていけるのではないでしょうか。

 

また言語を学ぶということは、単に話せるようになったり異なる文法構造に詳しくなったりと言った言語能力を身につけるだけでなく、異なる考え方や文化に親しむことでもあります。小さな頃から他言語に触れさせることは、外の世界への関心やより開かれた姿勢を育み、また得意意識や自信に繋がるといったポジティブな面があることも覚えておきたいです。

 

 

・なぜ他言語を学ぶのか?

なぜ日本語を学ぶのか? 海外で他言語に囲まれ、日々ものすごい勢いで周りの情報を吸収する子供達を前に、その理由を明確に持つことなしに、日本語教育を続けるのは難しいことです。自分の生まれ育った言語や文化を伝えていきたい、私自身そうした気持ちもありますが、日本語を教えたい大きな理由は、異なる文化を理解し、異なる人々の間で架け橋となるような、視野の広い子供達を育てたいということです。

 

その言語で考え話すというのは、単に言語を操るというよりも、その文化を生かしていくことです。バイリンガルのお子さんを見ていて興味深いのは、英語を話している時と、日本語を話している時とでは、子供の態度や姿勢が変わって見えるということです。英語だと論理的でしゃきしゃきとし、日本語だと情緒的でほんわりとした様子になるのです。こうして言語を使いこなし、「日本的なるもの」を身につけることは、単一言語で育つよりも、他文化、異なるものへの理解の深さに繋がるでしょう。

 

 

昔、アラスカの村々を訪ね、母語が消えつつあるネイティブアラスカンの状況、祖母と孫がコミュニケーションできない様子を、何ともいかんせんと嘆かわしく思ったものです。そして今、周りを他言語に囲まれ、子供達に私自身の母語を教えていくことの現実的な難しさを実感しています。言語はコミュニティーを通し伝えられていきます。使われる機会のほとんどない言語を、異なる集団の中で維持するのは難しいことです。まだ日本語ならば、日本に帰ればまとまって話す人々の中に過ごすことができますが、ネイティブアラスカンの村々では、そのコミュニティーさえ崩壊しつつあります。

 

以前は、何としてでも消えつつある言語を継承するべきだと思っていた私ですが、まずは子供達が日常的にその言語に囲まれる環境を整えること、それでもそれが難しいようならば、英語での学力の土台をしっかりさせることにまずは力を注ぎ、将来、子供達の言語環境を含め、コミュニティーのあり方を模索し行動できる人材を育てていくというのが、現実的に目指される方向なのかもしれない、今はそう思います。

 

異文化に開かれた心を養うことを目標に、できる限り言語環境を整えつつ、その子の様子を見、その子に合った他言語教育を目指していきたいです。

 

 

 

Comments are closed.

Powered by: Wordpress