週の初めの夕食前、壊れたカーテンレールを直しに業者の人がやってきた。コケージャンの夫さんとアジア出身の奥さんと二人で。夫婦二人、二十年近くカーテンレールを取り付ける仕事をしているそう。
夫さんがスクリューやらドリルやらを操る横で、あちらを拭き、部品を渡しと奥さん。息の合った様子でちゃくちゃくと仕事が進む。
背後できゃ~きゃ~と走り回る子供達。デイケアしてるの? いやあの全部家の子なんです、え~! なんて会話を交わしながら。(笑)
仕事の手が空くと、横で料理したり子供の宿題を見たりとしている私に、気さくに話しかけて下さる奥さん。あなた何年アラスカに?十四年です。どこから?日本から。私達は三十年よ、結婚して三十一年。
行ったり来たりと入れ替わる子供達の一人一人に、お名前は?何歳?と聞いて下さり。
私達夫婦に子供はいないのだけれど、私には十二人の兄弟姉妹がいてね、でもね半分くらい死んじゃったのよ。生まれて数ヵ月後に双子が、あと五歳と六歳と八歳で弟妹がね。フィリピンの小さな山の上の村で、病院なんてものも無かったからね。病気になったり怪我をすると、もうね、どうしようもなかった。苦しんだり痛がったりする傍で、ただただ撫でたり手を握ったり。今でもね、あの子達のこと思い出すと涙が出るのよ。
四十年くらい前の話だけれど、今も地域によっては同じような状況かな。米国や日本とは、全く違う世界よね。貧困ってね、残酷なものよ。
三女と次男がきゃっきゃとふざけ合いながら傍に来る。「ママ~、おなかすいた~、今日の夜ご飯な~に?」
ぱっと明るい表情になり、冗談を言って二人を笑わせる奥さん。あなたは大きくなったら何になりたいの? と尋ね、目を細めて三女が答えるのを聞いている。
ぴかぴかのカーテンレールが取り付けられ、しゃっしゃとカーテンを開けたり閉めたりと点検するお二人。お礼をいい、雪の中に笑顔で手を振る姿を見送り。
いつもと同じ夕食風景、それでも、何だか全く違って見える。
「いただきま~す!」と子供達。
「いただきます」の一文字一文字が、心に響いた。
出会いに、感謝をこめて。