「抱く」と「押す」といった右手(より力の入る利き手の意)と左手のバランスが崩れた状態、それは心理学的には「独裁支配スタイル」であったり、「消極受身スタイル」であったり、「無関心スタイル」であったりするわけですが、そこから子供達の様々な問題行動も出てきます。(子育ての極意?「民主的子育てスタイル」)
それでも、「親の育児スタイルがまずい」と、一筋縄で済ませられるものでもないとつくづく思います。
チャレンジングな気質・特性を持った子というのはいます。
親の気質との相性もあります。
親の生い立ちも大きく関わります。
また現代子育てに関わる親の圧倒的な体験不足ということもあります。
「民主スタイル(authoritative)」のバランスというのは、言葉で頭に入れるだけでなく、実際の体験を通して感覚的に身につけていくもの。
それでも現代は核家族が主流で、兄弟姉妹の数も少なく、「自分の子が子育てというものに関わった最初の機会」という場合がほとんど。豊富な育児体験を積んだ方々が身近にいるということさえも珍しい場合もあります。
体験が圧倒的に乏しい中で、「その子にぴったり合った完璧なバランス」など、そうそう取れるわけもありません。子育てに向き合う多くの方が何らかの問題を抱えているというのは、現代のこうした状況では、とても自然なこととも言えるのではないでしょうか。
日本の育児事情に関して、大阪人間科学大学の原田正文教授が02年から04年の3年間に厚生労働科学研究の一環として行った「大阪レポート」によると:
- 自分の子どもを生むまでに、小さい子どもとの接触経験がまったくないままに母親になる人が急増している。
- 子育てについて話ができる相手がまったくいない母親は急増しており、子育て家庭の孤立化がますます深刻になっている
- 「子どもと一緒にいると楽しい」「あかちゃん(子ども)は、かわいい」とほとんどの母親は答えるが、一方で「子育てでの負担感」や「イライラ感」、育児不安と訴える母親が急増している
ということだそうです。
体験を積み重ねる機会も少なく、ただでさえ孤立し辛く苦しんでいる親を、「育児スタイルがまずい」と咎め責める間に、どうしたら解決できるかと「これから」に向かって動いていく。それが親にとってもその子にとってもコミュニティーにとっても最も有益、そう思います。
親子間の問題は、より良い親子関係を築いていくための「きっかけ」です。不具合を調整しバランスを築く機会なのです。どうにかならないものかと悩み、動き、何とかして共に問題を越える時、また一つ親として体験を積み重ね、そして親子間により強い絆、より深まった関係が築かれていることに気がつきます。そうして親子共に成長していく、自身の子育てを振り返り、そして今も日々試行錯誤を繰り返す中で、しみじみ思います。
子育てを囲む周りも、親子間の問題を、「次への成長の機会」として捉え助けていくことができたら。
こうした親子の成長の過程で、
「親子間の問題を中立客観的に捉えられ、親子関係を方向転換できるエキスパート」
そんな人々の存在が助けになることもあります。豊富な経験と知識とスキルにより、親子をも、親子の主体性を育む「民主スタイル」で見守れる人々の存在。
それは近所の子育て体験豊富なおばちゃんかもしれませんし、親戚のおじさんかもしれませんし、保育所のベテラン先生かもしれません。
また問題を抱える親子のセラピーには、PCIT(Parent-Child Interaction Therapy)というのもあります。医師のSheila Eyberg氏が、心理学者Rudolf Dreikurs氏のアドラー心理学(Individual psychology)を親子間へと応用した研究を基に、開発したメソッドです。一般的な親子間の問題から、ODD(oppositional defiant disorder:反抗挑戦性障害)やADHDなどの特性を持つ子、また虐待してしまう親など、二歳から七歳児を対象としています(十一・二才の子へ応用したものもあるようです)。
いくつものリサーチがその著しい成果について取り挙げており、2009年に「国際PCIT」が設立されて以来、世界中で受け入れられているメソッドです。セラピストはメンタルヘルス面での経験知識をかなり積んだ方達のようで、日本でも三十人程の医師や心理学者がPCITの資格を持っているようです(PCITホームページ)。
「民主スタイル(authoritative)」育児を目指すと掲げるこのPCIT、「Scientific American」にいくつかセラピーの事例が載っています。
ODD(反抗挑戦性障害)とされるガブリエル君六歳。
母親: マグネットで遊ぶことにしたのね!素晴らしいロボットを作ったわね。ママとっても気に入ったわ。
ガブリエル: ロボットじゃなくて城にした。(反抗的に)
母親:賢いわね。ロボットを城に変えてしまうなんて!
ガブリエル君舌を出す。
母親:舌を出したのね。
ガブリエル:皆ロボットのこと大嫌いだから、城に変身したんだよ。(ロボットがしゃべっている振りをして)
母親:いいアイデアね。ありがとう教えてくれて。
ガブリエル君はロボットの口調で面白おかしく話し始める。母親もその口調を真似する。
母親:あなたの想像力はロボットのように羽ばたいていくのね。こんな風に違ったデザインを考え出してしまうなんて、ママ本当に驚くわ!
PCITメソッドの根幹にあるのが、「PRIDE スキル」とされるものです。 「Praise, Reflect, Imitate, Describe and Enjoy、褒め、省み、真似し、描写し、楽しむ」の頭文字を取ったもの。
「好ましくない行為」に注意を向けず、良い行為を褒め、子供の言葉をそのまま繰り返し、子供の行為を真似し描写する、そして楽しんでいると表現する。上のガブリエル君の事例でも、「またすぐ反対のこと言って!」などと声を荒げて咎めず、穏やかに楽しんでいる様子で、良い面に着目していく。そう続けることで、子供は落ち着いていくと言うのです。
「好ましくない行為」に声を荒げ感情的に反応することを控えるだけでも、随分違ってくると。
「PRIDEスキル」を身に着けた次の段階が、「こちらの要求を聞くようにする」だそうです。
ODDとADHDを併せ持つライアン君六歳。
一時間以上も「ママに従いたくない」と癇癪を起こし続けるライアン君。何度もタイムアウトの椅子に座らされ、途中で立ち上がりまた座らされ、立ち上がる際、母親を蹴り、「殺してやる殺してやる!おまえなんて馬鹿だ!」と叫び。
少しの行為でもすかさず褒め、取り乱さず穏やかに落ち着いた様子で「PRIDEスキル」を実践し続ける母親。
とうとう、しゃくりあげながら落ち着き始めるライアン君。
母親:ママの隣に座って。
ライアン:何のためによ?(挑戦的に)
再びタイムアウトの椅子に送られるライアン君。二十分後。
母親:静かに座っているのね。ママの隣に着て一緒に座れる?
ライアン:うん。(ソフトにすすり泣きながら)
母親:ピンクのドーナッツ取ってくれる?
散らかった玩具の中からプラスティックのピンクのドーナッツを取り出すライアン君。
母親:言うことを聞いてくれてありがとう。
泣き顔のライアン君を笑顔でなでながら。その後、バナナを持ってきて、ポテトチップもという母親の言葉どおり、手渡すライアン君。
母親:いえい!なんてよく言うことを聞けるの!
ライアン君を抱きしめる母親。
「好ましくない面」に感情的に反応し続けていたら、一緒に転げ落ちていくだけ、確かにと思います。その子の内面に渦巻くせめぎ合いの中に、こちらに向かうのよと一貫して穏やかに光を当て続ける。
「言うは易し」ですが、鍵は、「この難しい時も、安定を見出しより確かな土台を築く「過程」なのだと捉える」ことかもしれません。
PCITにより、親の温もりは高められ、敵対心やストレスが減り、子供達の攻撃性や反抗的態度が消えていく、そう報告されています。
熟達した先人のスキル・メソッド・知恵を生かしつつ、親子共に成長していけたら、そう思っています!
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参考資料:
‘Parent Training Can Improve Kids’ Behavior:An interactive parent-training programcan stamp out behavior problemsin kids—and abuse from parents’By Ingrid Wickelgren Scientific American
http://www.scientificamerican.com/article/parent-training-can-improve-kids-behavior/
‘How To Coach Parents [Audio]’
By Ingrid Wickelgren | February 13, 2014 | Scientific American
http://blogs.scientificamerican.com/streams-of-consciousness/2014/02/13/how-to-coach-parents-audio/
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