選択

「難しい選択」を前にした時、支えとなる考え方

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何かを決める必要がある時、
選択肢一つ一つのプラス面マイナス面を整理し並べ、
それでも、
なかなか「これだ!」と踏み出せない。
 

新学期を前に、

そんな時がまた何度かありました。
 

スタンダードな高校へ進学するか、

長男のブラジリアン柔術をどの道場でするか、

三女と次女の水泳レッスンを続けるか、

次男の学校をどうするか、

長女のピアノレッスンをどう続けるか、

夫の仕事をどの方向に展開するか、

私自身の仕事をどうするか、

新しい家に引っ越すか、

長女のピアスをどこで開けるか、

どの靴を買うか、

どのバインダーを買うか

などなど・・・
 

選択肢を前に頭を抱え。
 

そんな時、

「よしっ!」と歩き出すための支えとなる考え方があります。
 
 
 

哲学者ルース・チャン (Ruth Chang) 氏は、

何年もの間「難しい選択(hard choice)」についての研究を続けてきました。

そしてどちらを選択したらいいか悩む時こそ、

個々人が持つ「隠された力」が明らかになると言います。
 

「簡単な選択」というのは、

どちらかがどちらより良いというのが明らかな場合。
 

一方「難しい選択」というのは、

こちらの選択にもプラス・マイナス面はあれど、

あちらの選択にもプラス・マイナス面はあり、

全体的に見ると「どちらがいい」とは言えない場合
 

バインダーAは、

ポケットがたくさんついているけれど束ねられる紙の量はBより少なく細く重い。

バインダーBは、

ポケットが少ないけれどたくさんの紙を束ねることができ太く軽い。

「こちらがいい!」とはなかなか決められない・・・。
 

バインダーをAにするかBにするかの選択など、

進路や仕事に比べると「瑣末」に見えることでも「難しい選択」になる、

そうチャン氏は言います。

そして小さく見える「難しい選択」を解決できるのならば、

大きく見える「難しい選択」も手に負えないわけじゃないでしょうと。
 

またチャン氏は「難しい選択」というのは、

無知だとか賢くないから「難しい」のではないとします。

どれだけ情報を揃えプラス面マイナス面を並べ「知った」としても、

決められないこともあります。

例えばチャン氏は大学卒業後、

法学か哲学の道へ進むかという選択を前に、

あらゆる情報を集めプロとコンを書き出し整理し、

だからといって「これだ!」という選択肢が明らかになったわけではないと言います。
 
 

混乱の元は、

私達の「価値 (value)」に関しての思い込みにあるとチャン氏は言います。

正義や美しさ優しさなどの価値を、

私達はうっかり長さや質量重さといった科学的な数量と一緒にしてしまいます」と。

科学的な数量では、
> = < の三種類しか比較の可能性はありません。

それでも価値の世界は科学の世界とは違います。

科学の世界は実数で物事を測ることができますが、

価値は実数では測ることはできません。

現実や長さや重さの世界と、

道徳的な義務や理想の世界が同じ構造になっていると思い込んではいけません」と。
 

選択肢には、

他より良いか、悪いか、他と同等かの三種類を越えた、

「第四の関係性」が必要だとチャン氏は言います。

それが、

「on a par(互角:互いの力量が同じくらいで、優劣がつけにくいこと)だと。
 

このon a par(互角)」は「同等」とは異なるとチャン氏。

もし二つの選択肢が「同じくらい良い同等」ならば、

結局どちらになってもいいのですから、

コインを投げて選択してしまってもいいということになるでしょうと。

それでも確かに、

スタンダードの高校かホームをベースにしたカリキュラムか、

どちらも同等に良いからコインを投げて決めようというわけにはいきません。
 

選択肢が「同等」ではなく「on a par(互角)」ならば

どちらを選ぶかが大事になってきます
 

それでもon a par(互角)」というのは、

「一方がもう一方より良いというわけではないのです。

むしろ選択肢の価値はどれも同じレベルにあります。

ただ価値の内容が大きく異なっているのです

だからこそ、

その選択は難しくなるのだと。
 

「難しい選択」というのはチャン氏によると、

「良い・悪い・同等」という三種類の関係性だけでは解決できない

「価値の世界」の領域で、

「on a par(互角)」な選択肢に直面している、

という状態なんですね
 

 
では、

その「価値の世界」において「難しい選択」をするということに、

どういう意味があるのか?
 

まず、

「簡単な選択にしか直面しないという世界を想像してみて下さい」

とチャン氏は言います。

常に最良の選択肢が明らかで、

常に選ぶ理由が最も多い選択肢があり、

合理的にあちらよりこちらと選ぶことができる。

「そんな世界では、

私達は理由(reason)の奴隷になってしまうのです」と。
 

私達は誰かに与えられた理由ではなく、

皆自ら理由を生み出す力を持っている、

とチャン氏は言います。
 

「だから難しい選択に直面したら、

どちらの選択肢の方が良いかなんて無駄なことを考えてはいけません。

最良の選択肢などないのです

外から与えられる理由を探すのではなく、

自分の内にある理由を探すのです」と。
 

「互角」の選択肢を前に難しい選択をし、

その進路、その仕事、そのバインダーを自分で選ぶための理由や基準を、

自ら生み出してみる。
 

その理由を自分で生み出すとき、

私達は真の意味で本来の自分になります。

自分の人生の主体になるのですと。
 

 

チャン氏はこんなことも言います。

「さて、難しい選択を迫られても規準を定める力を発揮しない人は 漂流者です。 思い当たる人がいますよね。私は流されて弁護士になりました。 自分の主体性を差し置いて 目指してもいなかった弁護士業に進んだのです。 漂流者は自分の人生のストーリーを 世間に委ねます。 褒められるとか、怖いとか、ラクな道を選ぼうとか賞罰の仕組みに自分の進路を 任せてしまうのです。 難しい選択を経験して学んだことは、 自分がどこに主体性を置くか 、自分が何を目指すのかに表れます。 難しい選択を経験することによって、 なりたい自分になるのです。

 

 難しい選択は決して苦悩や不安の元などではなく、 人間が生きる上での 特別なことを称え喜ぶ 貴重な機会です。難しい選択を前に、私達は本来持っている 個性を生かした人物になるための 理由を、主体的に作り出すことができます 。難しい選択とは、『不幸』ではなく、『天の賜物』なのです。」

 
 
 
 
 

チャン氏のこの考え方に触れて以来、

一つ一つの難しい選択を、

自分の人生を自分で作り出す絶好の機会、

そんなようにも捉えられるようになりました。
 

今この難しい選択の瞬間に、
私は自らの人生の主体となり、

自らの道を自ら築いているのかもしれないなあと。

そんな個性溢れる個々人の道が絡み合う世界を想いつつ。
 
 

子供に関する難しい選択は、

大きくなればなるほど、

その子が「こちら!」と自ら進んで行くのを、

傍で見守るようにしてみる、
(時に反対意見を出すことも、 その子の主体をより鍛えることになりますね)

いずれその子がその子自身で道を築いていくことを目指して。
 
 

「天の賜物」、

これからもいくつもぶつかるだろう「難しい選択」を前に、

この言葉を思い出していきます!

 

 

 
 

 

参考資料:
How to make hard choices Ruth Chang:
ttp://www.ted.com/talks/ruth_chang_how_to_make_hard_choices
the existentialist of hard choices Ruth Chang interviewed by Richard Marshall. 3:AM Magazine
http://www.3ammagazine.com/3am/the-existentialist-of-hard-choices/

 
 
 
 
 

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2 Comments

  • 長岡真意子
    August 27, 2014 - 2:18 am | Permalink

    テッサーさんも見たんだ! 英語、分かりにくい部分あるよね。このチャン氏のスピーチ、スクリプト、日本語訳もあったよー。他のチャン氏の記事など見てると、この「難しい選択」の「主体」、サルトルからカントからと哲学の歴史の中で続いてきた流れでもあるようだけれど、こうして現実の生活にも分かり易く生かせる形に表してくれると新鮮でありがたいね。

    こちら今日は快晴。すっかり秋空になりつつあります。ありがとう!残りの週も良い日をー!

  • テッサー
    August 26, 2014 - 10:13 am | Permalink

    私もTEDでこれみた。けど英語の理解が曖昧だったので、解説ありがたいですー。

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