多様性

次男のキンダー半日から終日へ、大切に思う2つのこと

071次男のキンダー、昨年11月に始まり、これまでほとんどが半日滞在。
 
 
アンカレッジでは、公立私立問わず、ほとんど全ての小学校に、キンダー(年長)の教室があります。そしてほとんどの子が年長さんの年になると、小学生と同じ校舎で同じようなスケジュールに沿って通い始めます。
 
といっても、キンダーは「義務教育」ではなく。半日だったり一切通わなかったとしても、何か法律上問題があるわけではありません。それでも次男については一応、校長やプログラム担当の方とも話し、「半日でもOK」という了承をもらってあります。
 
 
「それでもね、一日中来て欲しいんですよねえ」と担任の先生。クラスメートとの話し合いやプロジェクトなど、半日いないことでクラスの一員としてうまく回らないということもあるのでしょう。「どうしたら一日中来られるようになりますか?何かできることありませんか?」と。
 
 
先生方や周りの多くの方がおっしゃるように、私自身も以前は、「泣こうがどうしようが、『行きなさい』と教室に置いてくればいい。しばらくそんな朝が続くかもしれないけれど、その内慣れるもの」と思ってました。
 
実際、長男のプレスクール時はその通りで、1週間もすれば涙を堪えて行くようになり、1ヶ月もすれば笑顔で通うようになりました。娘3人は、学校が楽しみでしょうがなく、初日から笑顔でバイバ~イ!タイプ。ところが次男、プレスクール時の4ヶ月ほど、泣かせたりボランティアに入りとあれやこれや試した末、脳の障害を疑われる程の「激しいチック」が出てドロップアウト。プレスクールを止めて2ヶ月ほどで、症状が消えたという過去があります。おかげさまでそれ以来今のところ、症状は出ていません。
 
 
たとえ同じ親の元に生まれ同じような環境に育ったとしても、たとえ大多数の子がさらりとできてしまうことでも、その子によって、「その時点ではまだどうしてもできないこと」ってあるんだなあと、この体験からしみじみ思ったものでした。

以前は週に2日半日のプレスクルーさえ「だめ」だったのが、今では毎日半日は自ら行こうとする次男。それだけでも、彼にとっては、「ものすごい進歩」なのかもしれないなあと。
 
 
 
次男と話し合ってみました。
 
随分とクラスにも慣れてきたようで、先生のことも慕っているよう。
 
ただ、「朝の整列」と「ランチルーム」が、まだきついとのこと。ごった返して大声やスピーカーや様々な音が響き渡る場が苦手のようです。
 
ということで、朝は外で並んで教室に入るまで付き添い、ランチ時は私も30分程隣に座って一緒にランチ(こちらはランチ時に親御さんが子供を連れ出したり、一緒に食べにきたりということがちょこちょこあります)としてみることで、終日通うようになりました!
 
本人も、「苦手なこと」が狭まり、「できること」の範囲が広がっていくのが、嬉しいようです。
 
 
「朝の整列とランチルームがだめ」と聞き、私自身思い出す出来事があります:
 
小学校低学年の頃、給食の食器を金網の入れ物に入れ、一方の取っ手を1人が持ち、もう片方を私が持ちとし、3階にある教室から1階の給仕室へ運ぶ担当になっていた時のことです。片方の取っ手を持つ男の子が、階段をものすごい勢いで走って下りようとするんですね。私はもう一方の取っ手を持ちながら、階段から転げ落ちないよう必死でついていくのですが、「ゆっくりいって~」と何度言っても、腕白いたずら好きなその子、よけいに速く走り下りようとするんです。
 
私は高いところとか、ジェットコースターなどが大の苦手で(高いところは随分と克服しましたが、ジェットコースターは一生乗らないでしょう)。結局この給食担当が原因で、家でも食欲がなくなり、朝もお腹が痛く、学校へ行くのが難しくなっていったんです。
 
小学生時分の私は、かなり活発で大らかで明るく(中学生くらいからちょっとアンニュイになっていきましたが、笑)、この出来事以外で小学校へ行きたくないと悩んだ覚えもありません。傍から見ても、えっ、そんなこと気にしてるのー?!と見えたに違いありません。今振り返って自分自身でさえ、そう思います。
 
結局、母親に涙ながらに話したところ、私のあまりにも思い詰めた様子に、連絡帳に事情を綴り、担任の先生へ渡してくれ。当番は変えられ、あっという間に解決。その後、再びはつらつと小学校へ通い続けたのでした。
 
 
 
これら一連のことから2つのことを思い出していきたいです:
 
1.多くの子がさらりとできてしまうことでも、どうしてもまだできない子というのはいる。またあの子に当てはまるやり方が、この子に当てはまるとも限らない。その子自身の発達のニーズに目を向け、サポートしてやること。
 
2.傍から見て、えっ、そんなこと?!と思うことが、前へ進めない原因になっていることもある。話を聞いてやり、シリアスに捉え過ぎるでもなく、大丈夫よそれぐらい!と背中を押しつつ、本人が超えていけるようサポートしてやること。
 
 
またここ数年の次男との出来事を通し、周りの親御さんへの私自身の視線も、随分と変わったように思います。
 
えっ?私だったらこうするよなあ、こうしたらうまくいくのに、などと思うことでも、ひょっとして、その方とその子の間には、一見して分からない事情があるのかもしれないなあ、その子の性質から、その方はそれが最善と身にしみて、そんな対応をされてるのかもしれないなあと。
 
 
 
その昔、友人の1人が、我が家の娘の1人を見て、贈ってくれた言葉です:
 
If a man does not keep pace with his companions, perhaps it is because he hears a different drummer. Let him step to the music which he hears, however measured or far away.
 
もし、ある人が仲間と足並みがそろわないのならば、おそらくそれは、彼が異なる太鼓の音を聞いているからだろう。彼の聞く音に合わせてステップを踏ませてやりなさい。例えそれが、どんなにゆったりとしていようが、かすかな音であろうが。
 
by ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
 
 
マジョリティーから外れてしまうことのある子供さんと向き合う全ての方々へ、エールを送りつつ。
 
その子は、今、一体どんな音を聞いているのでしょう?
 
 
皆様、今日もよい日をお送りください!
 
 
 

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