完璧主義

完璧主義な子のサポート、完璧でない世界を駆け抜けるために

お知らせ:
 
3年生の息子さんの特性についてのメールを下さったT.S.さん。返信してもメールが返ってきてしまうのですが、どうもdocomoの携帯へはこちらから返信できないようになっているそうです。コンタクトする術がないので、こちらに載せさせていただきました。もしこの記事を見てらっしゃったら、違う連絡先を教えていただけませんか?よろしくお願いします!
 
 
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完璧を求め、そのために必死で努力し、成果を出し、周りからもその高いパフォーマンスを評価される。完璧主義であることには、確かにいい面もありますが、度を過ぎると、その考え方や姿勢は、本人をがんじがらめに苦しめ始めます。完璧主義ゆえに、子供が本来の力を発揮できなかったり、社会に出てからも生きづらく、うつや、パニックアタックや、過食症やアルコール中毒などのメンタルヘルスの問題を抱える場合もあると言われています。
 
確かに現実は、完璧じゃないことだらけです。完璧のみを追い求めていたら、壊れてしまいますよね。
 
うつやパニックアタックに効果があるともされるマインドフルネスのトレーニングの中でも、「完璧でないことを受け入れる姿勢を培う」というようなものがあったりします。
 
 
 
我が家にも、気をつけて見守っていきたいなと思う子がいます。同じ屋根の下に育った兄弟姉妹でも本当に様々で、「ここまでにしとうこうかな」とあっさり手放せる子、「ま、いっか」と柔軟に切り換えられる子、対して、まるで生きるか死ぬかの瀬戸際のように何が何でも今ここまでたどり着かないとと物事に向き合う傾向のある子。
 
見ていると、完璧主義というのは、確かに高いゴールに到達するためのものすごいモーティベーションとなり、それなりの成果を出すこともあるわけですが、その分、本人の感じるきつさも尋常じゃなく、少しの挫折でも木っ端微塵になってしまう場合もある。
 
そのドライブの強さや傾向を、うまく生かしてやれたらな、そう思っています。
 
 
 
以下は、子供の完璧主義にどう対処するかについて、長年「ギフテッド教育」に関わる教師Pyryt, M. 氏の記事を参考に、まとめてみます。
 
(「ギフテッド」とされる子供もその性格性質様々ですが、「完璧主義」もよく見られる傾向の1つと言われています。子供達の審査をした心理学者の方も、「ギフテッドの子には完璧主義な子が多いから、テストの途中でも少し間違えるだけで世界が終わったかのように泣き崩れたり、もう一切手をつけたくないとなることもよくあってね」とおっしゃっていたのを思い出します。)
 
 
 
完璧主義の特徴的な考え方には以下のような3つがあると言います:
 
I. 完璧か全く手をつけないかのどちらかになってしまう。オール・オア・ナッシング。
100点取れないならしない。優勝しないなら参加しない。うまくできないなら初めからしない。 
 
II. 「~できたらなあ」が「~でなければならない」になってしまう。
今日中に3章読んでおけたらなあ、が、読まなければならない、に。あの丘まで行けたらなあ、が、何としてでもたどりつかないと、に。
 
III. 成功を味わうより、現実離れしたゴールやチャレンジにフォーカスしてしまう。
校内大会で優勝した、今度は地区大会でも優勝しないと。校内大会で優勝したことを喜び味わうより、次のゴールも何としてでも達成しなければとフォーカス。
 
 
確かにIのように考えてしまっては、本来持てる力も発揮できないでしょうし、IIやIIIのように考え続けていたら、そりゃあもう人生きついですよね。
 
 
 
ではどうやって、こうした考え方をほぐし、自らを追い詰めないよう導いていけるのでしょうか?
1から6までのヒントを挙げてみます:
 
 

1・結果や評価と、その子自身を分けて考えるよう教える

Aをもらったら、私はAの人間、Cをもらったら、私はCの人間。それゆえ評価を恐れ、わざと疎かに取り組み、低い評価を取っても「私本気出してないから」と安心してみたり。
 
普段から「評価」と自分自身を、切り離して考えるよう教えていきます。評価というのは、今何ができる/ できないかを整理することで、よりできるよう改善していくための「過程の目印」なのよ、あなた自身がどうだとか決めてしまうためじゃなくて、あなたがより変わっていくためにあるのよと、普段から繰り返し繰り返し。
 
 
 

2.まずは「できていること」に目を向けてから、改善点を明確にする。

完璧さを損なうものを見出すのが大得意な子供達ですから、親もそれに拍車をかけるような態度を避けるようにします。「あら90点。で、10点どうしたわけ?」と言ってしまうのではなく、こんな難しい問題もできるようになったのねなどと、まずは「できていること」を見てから、できなかったことの改善に取り組むようにします。
 
悔しい評価や結果に動揺している場合は、まずは苦しんでいる感情に寄り添ってやります。落ち着いた頃、詳しい評価表など見て、まずはできている箇所をこんなにできてるじゃないと、一緒に見ていきます。その後、何が欠けていたのかを見、改善点をどこにしぼったらいいのかクリアにします。「私の全てがだめ」とどん底状態から、「3回目のテストの5問目ができなかったから、教科書の56ページを見直せばいいんだ」と整理できます。
 
 
 

3.全体像を整理し、いつ止めるかを把握する。

「憲法」についてまとめたいからと、インターネットをサーチし、何千という情報が溢れ。全部読まなければ!となっていたら、提出日までに終わらせるなんて不可能。どこかではしょって選択しなければいけません。提出するまでにどれくらいの期間があるのか、いくつ参考資料が必要で、どれくらいのコストをかけるべきかと、全体像を眺め、現実的に可能なするべきことを整理するのを手伝ってやると、落ち着けます。
 
またPyryt, M. 氏曰く、「課題を出す側も、25ページの課題に全体の50パーセント、5ページの課題に全体の10パーセントといった評価の比重を示すわけですから、完璧主義の子が5ページの課題に寝ずに取り組んでいるような場合は、先生がどういった意図で課題を出しているのか、全体像を眺めるのを手伝ってやって下さい」とのこと。
 
 
 

4.ゴールを設定し、具体的計画を立て、目の前の改善にフォーカスする。

例えば、1972年のオリンピック背泳ぎの選手Naber氏は、1976年のモントリオールオリンピックで金メダルを取りたいと思い、それには4秒タイムを縮めないといけないと目標設定します。4秒というのは大きいけれど、自分には4年ある、だから1年に1秒縮めていけばいい、ということは毎日泳ぐのだから1日に1/365秒、1日2回泳ぐから毎回泳ぐたび1/730秒縮めればいいんだ。そうして毎日こつこつと実行し、4年後に金メダルを手にしたと言います。
 
こうしたゴールの設定、達成に向けて具体的計画を立てるのを手伝ってやると、てつもなく大きく見えるゴールに押しつぶされることなく、落ち着いて日々改善するべきことに向かっていけます。その時、SMART (Specific特定, Measurableはかることが可能, Achievable達成できる, Realistic現実的, and Timeframe-provided期限)をはっきりさせておくと役に立つとのこと。
 
 
 

5.偉人について調べる。

歴史に名を残す偉業を成し遂げた人々について調べることで、以下のようなことを学べると言います。
 
a. 障害や困難を前にやりぬくことの大切さ。
例えば、アインシュタインは学校では落ちこぼれ。相対性理論の正確な方程式を生み出すまで20の論文を積み重ねた。
 
 b. とてつもない努力が必要ということ。
例えば、ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井に絵を描くため7年間横になって描き続けた。
 
c. 過程では軌道修正も必要になることがある。
例えば、これまで出版された本のどれをとっても、最初のドラフトが初めから完璧でそのまま出版できたなんてことはない。
 
d. 失敗は建設的になりうる。
例えば、ジョナサン・サルクが開発した最初のポリオの予防接種は全然完璧でなかった。市場に出るまでに何度も何度も試験と作り直しが必要だった。成功する科学者というのは、試験のたびに明らかになる欠陥を、絶望や諦めの原因として捉えることなく、成功への希望を胸に改良し続ける。
 
歴史上の人物を通し、何の困難もなく、すんなりと何かが完璧に達成できるなんてことはないと教えていきます。
 
 
 

6.現実とのギャップを減らし、人生の旅を楽しむ術を身につける。

完璧主義ゆえに現実とのギャップに苦しむわけですが、日々そのギャップを減らす術を身につけられるよう、手伝ってやります。 自分が世界に対して何か違いをもたらしていると感じられる活動、ボランティアやチャリティーなどに参加するのもいいです。
 
そしてまだ達成してないことばかりにフォーカスするのではなく、達成したことを祝い味わう時を持つようにします。 また完璧を求めるがゆえのストレスを緩和させる方法を見つけるようにします。創造的なアートや音楽やスポーツなど、喜びやポジティブな力をもたらす趣味や活動を通し、人生を楽しむ姿勢を教えていきましょう。
 
 
 
 
 
こうして書き出してみると、してやれてないこともホント多いんですが、それでもできる範囲で少しずつでも心がけるだけで、随分違ってくる、そう思います。
 
あと、親として、子供に完璧を求める姿勢も、子供もたまりませんが、親自身も苦しくなりますね。もっとしてやれたらなあ→しなければ、これができるようになった→今度はこれもしないと。私自身、してやれないことだらけと自ら責め、動けなくなることもあります。
 
といって、子育てほど、頭で描いたように完璧にいかないものもなくて
 
子育てを通し、私自身「完璧ではないことを受け入れる姿勢」を以前より随分培うことができたのかもしれない、そんなようにも思います。
 
 
 
この完璧からは程遠い世界に生きていく子供達が、生き生きと持てる力を発揮し、力強く歩き続けていくために、今できる範囲のサポートをしていきたいですね。
 
 
 
                 写真は、つっるつるのトレール。                           
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ヘラジカの足跡!
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それでは皆様、春うららな週末をお楽しみ下さい!
 
 
 

2 Comments

  • 長岡真意子
    April 7, 2015 - 6:49 am | Permalink

    佐々木さんも若かりし頃、こうした傾向があったんですね! 実際に体験され、今は、「思い出して笑って」しまえるところにいる佐々木さんの言葉、いつも気づかされます。
     
    子供を見ていて、確かに一旦始めたら、周りをあっと言わせるような成果を出すこともあるけれど、それでもそこへ至るために持てる力の何倍ものエネルギーを使い果たしていて、その後燃え尽きてしまったり、もう一切しないとなってしまったり。そこそこできている状態をこつこつと続ける姿勢を、身につけてほしいなと思いますね。そう続ける内に、じわじわと全体的な力もついていき、前は思いっきりジャンプして何とか届いた地点にも、手を伸ばせば届くようにもなってくるんじゃないかと。この「そこそこで続ける状態」を「決定的なあなた」ではなく、緩やかな上り坂の「過程」として捉えられるようになるといいなと。以前に比べたら、随分とほぐされてきたかなと思います。
     
    「べき」で周りを捉えようとする姿勢から、まずは「ある」をそのまま手に取ってみる姿勢へ。それはまさしくおっしゃるように、マインドフルネスが培おうとすることであって。性質や根を張った習慣をほぐすのは、「新しい習慣」ですね。脳に新しい回路を何度何度もなぞることで、次第に機能し始めるといったイメージで。
     
    完璧さを目の前の事象に照らし合わせ、足りない欠けていると絶望する間に、まずは目の前の物事を丁寧に見てみる。そこには頭に描いた「完璧さ」を突き抜けた発見や気づきがあるでしょうし、のっぺりと静止した風景ではなく、常に変化する動きがあって。そんな状態に自分を置いてみる時が、「べき」に偏り過ぎたバランスを調整してくれるのだと感じています。
     
    佐々木さん、ありがとうございます! どうぞ今日もよい日をお送り下さい!

  • April 6, 2015 - 12:47 pm | Permalink

     「I. 完璧か全く手をつけないかのどちらかになってしまう。オール・オア・ナッシング。」というフレーズを目にして、自分の若いころを思い出して笑ってしまった。まさに「完璧主義」が、「何もしないこと」の理由探しにすべてのエネルギーを注ぎ込むという結果になってました(笑)
     
     鬱や潔癖症もひどくなると、同じように何もできなく成りますね。清潔潔癖症で手洗いを何度もするんだけど、水道コックを止めるため触って、また手洗いというパターンなども、本人にとっては大変なことでしょう。そういう状況に陥らないようにも、Pyryt, M. 氏の指摘などは的確なものだと思われます。
     
     つまるところ sein と sollen のギャップのはざ間にはまり込んでるわけですね。そして、このような思考や感情の流れは、ある程度習性化されてしまってることが多いので、そのパターンを修正していくプラクティスなども必要だと思います。マインドフルネスは、そういう実践を目指しているんですよね。
     
     「世界」が完璧に出来たものでないのは、「完璧主義」が必ず挫折するということから逆証されます。そのような完璧な sollen に捉われるのではなくて、いま目の前にある sein に目を向けることが必要です。「現在」にフォーカスすることから、「将来」の達成に向っての努力が始まるわけですね。

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