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ちきりん氏の記事に思うこと、「学校で無駄に過ごす」から「多様な選択肢のある」システムへ

社会派ブロガーのちきりん氏が、2月4日づけの「Chikirinの日記」の記事「学校で浪費される無駄な10年間をどーにかすべき論」でこんなことをおっしゃってます。要約してみると:
 
100人にひとりくらいの割合で、14歳も過ぎれば、現実社会の中で実践的に鍛えられることで、活躍し成長していける子がいる。例えば、起業なり、研究室なり、大企業やベンチャー企業のインターンなりで、大卒と肩を並べて。
ところが、今の「かったるい教育システムの中で放置」されることで、大学までの4・5年間、成長を抑えられた状態になっている。
そうした100人にひとりくらいの子の中には、世間が見上げる「東大進学」とか「医者や弁護士を目指す」といった目標に向かって、頑張れる子もいる。そうして難関大学突破!により、自らの能力が発揮されたと達成感や満足感を味わう。
それでも、14歳からの学校システムとは、「暗記重視の受験」に時間と力が注がれることで、こうした100人にひとりくらいの子が本来持てる能力を抑え、成長を止めているだけだ。
 
 
これまで出会ってきた子供達を思い出しても、かなり納得です。
そして、ちきりん氏のような名の知れたブロガーが、こうした問題に「国全体が動くのは時間がかかるから、自分でもできることがないか、ちょっと考えてみたい」とされ、多くの読者の関心を惹きつけられていること、希望が膨らみます。
 
 
 
 
 

では、その「100人にひとりくらい」をどう見出すのか?

そこで私自身が思う問題は、では、その「100人にひとりくらい」をどう見出すのか? ということです。

学力によって? 

学校の勉強になんて、とうに嫌気がさしている子供達もいます。そういった子は、成績も地を這っているでしょう。

IQによって? 

多重知能理論(Multiple Intelligence)を提唱するハワード・ガードナー氏の言うように、IQテストが測ることができるのは、「言語知能」と「論理数学的知能」のみ。その他の知能、例えば、「音楽的知能」「身体運動的知能」「空間知能」「対人的知能」「内省的知能」「博物的知能」「霊的知能」「実存的知能」などの「多重な知能」は、IQテストでは測ることができません。
 
 
だいたい、現実社会の中で伸びていく能力って、こんな学力やIQ のみでは、掬い取ることができないものですよね。
だから、「君は100人にひとりくらいだから、こっちのやり方でいこう」と最初から選り分けることなんてできないわけです。
 
 
また、子供によっては、それまで「ダメダメな子」とされていたのが、環境が変わることで、どんどん伸びていくことってありますね。
 
例えば、一つ前の記事「ギフテッド&ギフテッドと診断されていないアンダーアチーバー、その原因・特徴・支援」でも紹介したように、創造的なアンダーアチーバーの子なども、通常の学校システムでは息が詰まってしまった状態にある。
「なぜなら彼らの思考スタイルは、学校でよしとされる収束的スタイルより劇的に多様であるため。学校は、よりオリジナルでない生徒をよしとしがちなのも、創造的な子の問題を悪化させる」ためです。
 
だから、「競争や加速を避け、彼らの才能を創造的に考え、学び、表現することに用いることができると、これらのアンダーアチーバーは改善する。創造的な生徒にとっては、創造する自由と、スキルや整理面での弱さのサポートといった解決策が必要。」といったように、環境を変えることで、水を得た魚のように、伸びていく子達もいるわけです。
 
 
 
 
 

「100人にひとりぐらい」を伸ばしていくために何ができるか?

ですから、

「100人にひとりくらいを成長させる」ため、

というより、

「多様な個々を育てる」ことを目指すことで、結果、その「100人にひとりくらい」も伸ばしていく、

とした方が、より現実的です。
 
具体的にどうしたらいいかというと、私は、「多様な選択肢を設ける」ことだと思っています。
 
 
 
 
 

「多様な選択肢を設ける」の実現例

アラスカ州のアンカレッジでは、まさしくこのメインストリームの学校システムの周りに「多様な選択肢」が実現しています。しかも、それは公立と私立といった区別ではなく、「全て公立学校」であり無料です。またホームスクールを選択したとしても、州から補助金がかなりの額出ます(高校生では40万円)。
 
例えば、昨年度長男が在籍したホームスクールを支援するチャータースクールの例をあげてみます。
まずは、担当の先生と、学区の基準に合った「高校修了が認められるカリキュラム」を整えるわけですが、はっきりいって、「学べるなら何でもあり」状態です。
 
チャータースクールが提供する少人数クラス
大学の授業
オンライン授業
公立高校の授業
インターン
親が教える
体育やアート単位などは、ダンスやピアノなどの習い事
 
 
具体例として長男は昨年度こんなカリキュラムを組んでました:
大学授業とオンライン授業で「英・数・世界史・生物」の単位
私が自宅で日本語を教え「第二外国語」の単位
ロボティックスチームやパイロットトレーニングも「サイエンス」の時間に含まれる
ジムでの自主トレやサバイバルキャンプも「体育」の時間に含まれる
NPO活動で「リーダーシップ」の単位
 
 
結果、従来の学校生活のように教室で半日以上過ごす代わりに、様々な「課外活動」に走り回りつつ、合間に授業を挟んでいくというスタイルになってました。「時と場を柔軟に選べる授業スタイル」のおかげで、より実践的な場で過ごすことが可能になっていたんです。
 
こちら東海岸に越してきて、その選択肢の少なさに、あのアンカレッジの教育システムのありがたさを痛感しています。
 
 
 
 
 

「大検」制度のある日本では実は実現しやすい?

日本には「大検」制度がありますから、「時と場を選べる柔軟な教育システム」って実は結構実現しやすいんじゃないでしょうか
 
日本では、大学進学したいのならば、「大検」に合格すればいいんですよね。高校卒業に必要な単位を揃える必要もない。義務教育は中学までですからね。
 
こちら米国は高校も義務教育。大学進学には、高校4年間の日頃の成績が全て関わります。トップの大学を目指すなら、4年間オールAが当たり前。それでも大学の数も多いですから、そこそこであっても、質の高い大学教育を受けられる可能性は大いにあり(過去記事「どの大学に入るかは問題でない」という記事に思うこと、ライフスキルにフォーカスしていく)、またいくつになっても大学に戻ることが「より容易」なので、「時間をかけて熟成するタイプ」にもチャンスはあります。
 
それでも日本は米国のように、大学進学のために高校の単位修得が必要不可欠で、高校の成績が重視されるわけではないですから、教室の中で半日以上座っているよりも、実践の場で駆けまわりつつ、オンラインや塾などで学力をつけていく、ということがより実現しやすいんじゃないかなと思います。
 
 
 
 
 

親の負担を緩和するシステムを充実させること

「でも、こうしたホームスクールのような柔軟な教育環境って、親が働いてたら無理よね。専業主婦が可能な家庭でしか実現できないじゃない。結局、子供の『できる/できない』の格差をますます生むだけなんじゃない」、となるかもしれません。
 

経済的負担

アンカレッジの場合、州政府からの補助金によりほとんどないわけで、モデルとして参考になると思います。公立学校のために用いられる税金分が、公立学校に通わないことを選択する家庭に還元されるという仕組みです。ところがこれが東海岸では、公立学校へ行かないなら、税金受け取り拒否とみなされ補助金が全く出ないわけですが。
 

時間的負担

確かに、子供が小さいほど、ホームスクールの場合、「親の付きっきり度」が増します。
 
それでも高校生にもなれば、授業自体については親の出番はほとんどありません。ただ、例えば、公立高校で化学の授業を取って、次は大学で英語の授業、その次はジムで体育の時間、その後○○会社でインターンといったようなカリキュラムな場合、特にこちらのような車が「メインの足」な状況では、「運転担当」が必要にはなるでしょう。
 
こうしたことも、ホームスクール支援の集まりなどで、分担できるようになっていくといいですね。ホームスクールの子を集めた寺子屋的な少人数のサービスなどもあるといいです。
 
共働きでも「学ぶ時と場合を柔軟に選べるシステム」が選択できるよう目指しつつ、まずはできる人ができることから始めていく。体験を積み重ねることで、周りを手伝えるようにもなっていくわけですから。
 
 
 
 
 

新たに「不登校」になる子が増加し続ける日本

日本では、一日に180人が新たに不登校になっている!なんてデータもあります。
 
マイコー雑記記事:朝日デジタルの記事に思う、多様な学習スタイルを選べる教育システムでは「不登校」なんて存在しない
 
こちらにも書きましたが、多様な学習スタイルの選択肢がある教育システムには、そもそも「不登校」なんて存在しません。「これは合わないから、あっちにしよう」だけのこと。不登校児の増加は、「みんな一斉に同じことをしましょう!」といったスタイルでは、もう無理、「多様な選択肢」がますますと必要になってきているという表れに過ぎないのではないでしょうか。
 
働き方も多様化し、より柔軟に場や時を選べるようになってきてるわけですし、教育システムも、校舎に決まった時間がんじがらめといったシステムから抜け出していきたいですね。
 
 
 
 
 

「子供を服に合わせるのではなく、服を子供に合わせる」

013

長男がお世話になったチャータースクールのスタッフが、たびたび口にしていた言葉です。
 
 
 
ちきりん氏の言う「100人にひとりぐらい」の人材が伸びていくためにも、そして、そうした「ちょっと際立った能力」があるわけじゃなくても、学習障害など様々な特性を持った子も含め、一人一人が持てる力をより発揮していくために、「学ぶ時と場を柔軟に選べる教育システム」が目指されることを願っています。
 
そのために、私なりに少しでもできることはないかと考えていきます。
 
 
 
それでは皆様、温もり溢れる日々をお過ごしください!
 
 
 

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