子育ての知恵

現代の子育てはなぜ「きつい」?きつさの隣にある「喜び」を抱きつつできること

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       とうもろこし畑に作られた迷路                                             in Maryland

『マイコー雑記』に載せた記事を編集しました。
今後も取り組んでいきたいテーマです。今の時点で思うことを、まとめておきます!
 
 
一昔前の子育ては、一日中赤ちゃんをおんぶしながら、洗濯板で布オムツとか洗い続けていたわけです。ですから、電化製品も行き渡り、様々な技術も発達して「便利グッズ」に溢れ、「紙おむつ、ゴミ箱へポン!」とできてしまう今は、「子育てって楽!」となってもいいはず。
ところが、「現代の子育てはきつい」という言葉が、こちら米国でも日本でも行き交ってます。
 
ではこの「きつさ」って、一体なんなんでしょう?
 
 
人類が生まれてから500万年ほどの間、ずーと営まれてきた子育て。自分たちの置かれた状況を知ることで、対策もより見えてくるかもしれません。
 
 
 

現代の子育てのきつさとは?

1.家族構成が変化し子育て体験なし&手伝いなしの子育て環境

核家族が主流となった現代では、赤ちゃんからおばあちゃんまで広い年齢層に揉まれながら大家族の中で育った、という経験がある人ってあまりいません。
 
そこで、赤ちゃんや子供というものに、身近に接っすることがほとんどないまま、ある日突然新生児を腕に抱き、親になる場合がほとんどです。
 
そして子育て中も、頼ることのできる「おばあちゃん」や「おばちゃん」などの子育て体験者が身近にいない場合も多くあります。
 
「何をどうしたらいいのー」とわけ分からないまま、子供との間に入って調整してくれる子育て熟練者もおらず、マンションの密室などで、四六時中、「得体の知れない存在=子供」と共に過ごすことになってしまいます。
 
 
 

2.「肌感覚」のないまま雑多な文字情報の海に投げ出される

こうして、体験によって培われた「肌感覚」や、体験に基づいた「知恵」に身近に触れることがないまま、ワラにもすがる思いで、情報をかき集めることになります。
 
それでもネットや本など巷には、時に相矛盾する育児情報が溢れているもの。
 
情報をより分ける「軸」が全く築かれないまま、雑多な情報の海に投げ出されてしまうのですから、ぶれぶれに翻弄されるのも、しごく当然のことです。
 
 
 

3.我慢の質が異なる

一昔前は、子供は労働力でした。小さなころから畑仕事や家事をしたり、妹や弟の世話をしたり。そうした子供時代を送ったのならば、子育ては、単にその延長でしかありません。それほど大変とも思わないかもしれません。
 
とはいえ今の親の世代(20~40代)は、一昔前に比べると、「自然」や「生もの」を相手にした我慢を以前ほどは、してきてないです。
 
学校のスケジュールに従うとか、試験勉強のために何かをあきらめるとか、そういう我慢はしてきたかもしれませんが。
 
また物質的にも、以前の世代よりは、選択肢が溢れ、より好きなものを手に入れることができたのではないでしょうか。
 
時間的にも物質的にもスケジュールどおりには進まず自由のきかない子育ては、我慢の限界!と感じるかもしれません。手に入れる時間が細切れで「達成感が感じられない」というのも、現代の親特有の悩みかもしれません。
 
 
 

4.子育て支援システムがないまま共働きが加速

実は人類誕生以来99パーセントの期間を占める狩猟採集時代ですら、夫婦というのは共働きだったわけです。
 
でも、当時と現代とでは全く状況が違います。
 
何が違うかというと、当時は、コミュニティー全体で子供を見ていたんです。
(「マザーグランド」と呼ばれるような、子供をぽんとおいておける場があったり
http://naturalstart.org/feature-stories/reinventing-mother-ground参照)
 
今は、核家族が主で、コミュニティー間の繋がりも希薄。「皆で育てる」といった価値観やバックアップ体制がどんどん薄れていく中で、共働きが促進加速されている状態といえます。
 
これでは、親にとっても子供にとってもきついです。
 
 
 

5.子供と過ごす時間の増加

http://www.livescience.com/29521-5-ways-motherhood-has-changed.htmlより)
家事に膨大な時間がかった以前は、専業主婦でもとにかく忙しくて、子供と向き合う時間などなかったといいます。
 
今では家事も昔より格段に楽になったものの、兄弟姉妹も少なく、子供だけで遊びまわれる場も減り、頼れる親族などもいないなどの状況から、子供につきっきりにならざるをえなかったりします。
 
米国では、昔より女性が外で働くようになったものの、親が子供と過ごす時間自体は増えていると報告されています。1965年には外で働く女性の平均時間は週に8時間だったのが、2011年には週に21時間になっています。ところが、1965年には週に10時間子育てに費やしていたのが(ちなみに父親は週に2.5時間)、2011年には週に14時間(父親は7時間)費やすようになっているそうです。
 
つまり、外で働く時間が大幅に増えたにも関わらず、子供と過ごす時間も増えているんですね。
 
家事量は減ったものの、親の仕事量は、増加の一途というわけです。
 
 
 

6.いくら「きつく」ても「あなたの選択だから」に帰結

一昔前は、「女性はある程度の年齢になったら、結婚して子供を持つ」のが当たり前でした。
 
それでも時代は変わり、結婚も出産も「選択のひとつ」になりつつあります。
 
そこで、以上のように子育てを取り巻く状況がいかにきつかろうと、「あなたが選んだことだから」で終わってしまい、ママが一人で背負い込まざるえない、という状況が生まれているといいます。
http://family-studies.org/why-parenting-has-gotten-more-difficult/より)
 
 
と、まあこれは、米国でのことですね。
 
日本の場合はまだまだ、「ある程度の年齢になったら結婚して子供をもつべき」といった周りからのプレッシャーも大きいかもしれません。
外からの圧力ではなく、「結婚も出産もシングルも、したいからそうする」と、より多くの人が感じられるようになるといいですね。
 
いずれにしても、「自分で選択して結婚出産した」にせよ、「周りのプレッシャーから結婚出産した」にせよ、「あなたが決めたことだから」や、子育て環境が大幅に変わっているにもかかわらず、「皆してきたことだから」で終わしまうのは、きついです。
 
 
 

7.何をどこまでしたら「ゴール」にたどり着くのかよく分からない

大昔の狩猟社会では、鹿や鯨を獲れるようになってくれたり、皮をなめしたりできるようになってくれれば、「ああ、この子はこれで生きていける」とほっとできたわけです。
 
また一昔前は、ある程度身体的に健やかで、ある程度識字能力があればいい、というぐらいがマジョリティーのゴールだったといわれます。
 
ところが、今はもっと複雑です。
 
医療の発達により身体面や衛生面へ気を配ることは、以前より切実でなくなったものの、
 
持てる力を最大限伸ばしてやりたいだとか、
社会性やメンタル面を健やかに育てたいだとか、
ハッピーな大人になってほしい!だとか、
 
いろいろ目指すものがあります。
 
しかも、何をどうしたらいいのか、何をどこまでしたら十分なのか、はっきりととらえがたいゴールばかり。
 
先行きが見えない不安感から、ひとまず、「経済的ステータス的に高い成果をあげやすい」とった確率的な指標に頼り、いい大学やいい会社を目指すことに躍起なってしまいます。それでもこれはあくまでも「確率」であって、当てはまらない例もあるわけです。
 
しかも「幸せになってほしい」ということならば、「経済的ステータス的に高い成果」といった指標は、当てにはなりません。物質や社会的地位に恵まれていても、幸せでない人はたくさんいますから。
 
何を目指して子育てをしていけばいいのか、霧の中を歩いているような「きつさ」があります。
 
 
 
 
 

「きつさ」と隣合わせにある「喜び」

と、「きつさ」ばかりあげるなら、子育てはもう「苦行か何か」にしか見えないかもしれません。
 
でも物事には、常に、凹面もあれば、凸面もあります。
 
胸に手をあて、深呼吸して、子供がもたらす「喜び」を思い出すなら、必ず、様々な瞬間が浮かんでくるのではないでしょうか。
 
子供との日常には、「小さく深い喜び」が溢れています。
 
相傘するお姉ちゃんが濡れないように一生懸命傘を傾ける、
言わなくてもごみを出してくれた、
朝1回起こすだけですぐに起きた、しかも機嫌も悪くない
ピーマンを残さなかった
 
こうした「喜び」ひとつひとつを、心に浸してみます。
 
押し寄せる「きつさ」と隣り合わせに、それでも目の前には常に、「小さく深い喜び」がある、そう気づいていきたいですね。
 
 
 
 
 

「喜び」を抱きつつ状況改善のためにできることを

子育てする私たちにできるのは、押し寄せる「きつさ」に「喜び」を埋もれさせないこと。これらの「小さく深い喜び」をしかと抱きつつ、「きつい状況」を改善していくために何ができるか? そう問いながら、できる範囲で動いていく、そういうことかなと思っています。
 
それは、何も大それたことじゃなくて、例えば、
 
・身近に子育てで困っている人がいたら話を聞いてみる
・子育て体験を発信していく
・情報を鵜呑みにせず、試し感じ考えと繰り返し自らの「軸」を築いていく
・子供との間にワンクッション入るような気の置けないコミュニティーの繋がりを模索する
・子供に自然や生もの相手の体験をさせてやる
・子供と一緒に過ごす時を共に楽しめるよう工夫する
・万能な答えはないけれど、子供と向き合う中で自分なりの答えを見出していく

というようなことなのかもしれません。
 
 
 
できることをできる範囲で、こつこつと続けていきたいですね。
 
それでは皆様、深まる秋をお楽しみください!
 
 
 

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